2014年09月19日
becoming 6
ひとりで帰るというのは少し寂しい
スピードもコースも思い通りなのに
なぜか つまらなくなってしまう
不思議と僕らはさびしがりやなんだと思った
みんなで遊んでいたって一人取り残される場面はあることだ
僕だけじゃなくて誰もがその一人になったことがあると思う
かくれんぼしてたら鬼の僕を残して帰ってしまったとか
ランドセルを校庭に置いて近くの雑木林に行ったら
ほかのみんなはランドセルを持っていて慌てて取りに戻るときの心細さとか
木登り競争してたら 下にいたやつらが一斉に駆け出して
一人お宮のさびしげな木に残され
泣きべそをかきながら木を降り 走って帰ったりとか
やるやつもやられるやつも
次の日には何もなかったように学校で会うのだ
でもずっとずっと心には残っているんだけど
その日は僕がその晩になっていた
駆け出して散っていくみんなを少し追いかけたが
すぐにあきらめて
のどの奥からこみ上げる変な気持ちを思い切り飲み込んだ
ひとりフェンスにあいた穴をくぐり
草を踏みながら歩く
足元にあった枝を拾い一度二度と勢いよく振る
その頃は忍者の活躍するテレビが流行っていた
僕の前の草の上を枝が一瞬で抜ける
すると小さな葉っぱや虫がわっと飛び上がる
密かに心が軽くなる
子供の頃はそれがエスカレートしていくものだ
僕もそうだった
目に入るモノに構わず枝を振り下ろす
そのたびに広場からもってきた嫌な気分が
晴れていくような気がした
道端のガードレールをトントンとたたきながら歩く
電柱は横から野球のボールを打つように
塀の板には枝をつけてカタカタと音を立てながら行く
気晴らしというのは少し暴力的にもみえる
三軒並ぶ塀のない家の前に来た時
枝の役割が突如なくなった
さっきまで気分よく振り回していたのに
ふと何も無くなってしまった
僕は今までとは違う気持ちになった
それは広場で味わった気持ちではなく
この枝に宿らせた 忍者の感情
正義の味方 音を出す快感だ
それを断ち切られた怒りが僕の中で生まれたのだ
三軒並ぶ家の一番最後
塀はないが花が植えてある
黄色や赤 少し大きな花も小さな花も
僕を見ているようだった
枝を持つ僕は無敵だ
悲しいヒーローだった
僕の枝はその家の前の花に
躊躇なく襲いかかった
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