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2013年08月21日

道草 6

それは奥のほうのカウンター席からだった
ここに来て以来全く気付かなかったが
そこには 先輩がいた
今の会社での先輩だ 年はずいぶんと上なのだがなぜかよくしてもらっていた
ただ一度も同じ部署にいたことはない
個人的に業務上でのかかわりはなかったのがよかったのか
普通に知り合いだったのだ
以前はよく夜の街に飲みに出た
社内の情報に詳しく 重要なことのほとんどは社内で公になる前に知っていた
あまり競争ごとに関心のない自分にはどうでもいいことだったが
先輩の話は理路整然と因果関係を説き 真偽はわからないがエピソードをふまえ
さまざまな人間模様を語るので
それが楽しかったというのはあった

そんなことをすっと思い出す 笑い顔が不自然に歪んだような気がした 
 その先輩は昨年だったか定年になっていた
この景気なので ほとんどの社員はそのまま会社に残る道を選択する
同じ仕事を続けられるかはわからない ただ再就職などを考えることはない
今まで通り 生活の一部の時間を拘束され 多少の給与を得ることはできる
どの立場にいたとしても そこで普通のバイトのような扱いになる
とてもおもしろいもので その人たちは急に人が変わる
優しいというのではないが
なにか熱がさめた感じがする ただの年上に変身するのだ
自分に対してなのかもしれないが 間違いではないだろう

ただ 自分の名を呼んだ先輩はその道を選ばなかった
何かやりたいことがあったのだろうということで 
話題にもならなかった
自分もその後の所在を知ることはなかった
ただの偶然なのか
ビールの量と酔いはまったく比例せずチグハグは気持ちが充満してきた

そういえば先輩はその昔 あいつと同じ職場にいたことがある
自分の名前を呼んだその声をあいつも聞いただろう
座ったまま背伸びのような格好でその先輩に頭を下げた
そのまま腰を浮かし テーブル席を見ることなくカウンターの奥へ歩いた
ほんの数歩であったがとても遠く感じた
先輩は一人で来ていたようだ どうみてもこの店の常連のような雰囲気だ
先輩の隣は用意されいたかのように空いていた
何もことわらず そこに座った
間をおかず飲みかけのビールなどが目の前に置かれた
やはり常連か 
しかし一度もここへ来たことはなかった お互い見つけた大抵の店は一緒に来ているのに
ここは初めてだ
ましてや自分は店のある通りのこともよく知らなかったし
そもそも駅を降りてからの変な気持ちが整理もされておらず
どうしたらいいのかもまだ考えていないのだ
「元気か?」何かの水割りを一口含んでから先輩は言った
「なんとかやってます」外国で同じ国の人に会った気分だ ほっとしてもらした
「この店はずっと知ってたんですか?」
素朴な疑問だ 
「ああ ここは自分の部屋みたいなもんだ 籠り部屋だよ
アトリエともいうかな」
何をかっこつけてるんだとは思ったが なるほどとも思った

ひとりになれる時間と場所というのはとても大切だと思う
それぞれ誰もそういうのを持ってるんだろうとは思う
自分もそうだ 大体 ひとりでいられるクルマなどはそういった場所だろう
ただあまり意識したことはなかったともいえる
雑踏のなかにいても一人を感じることができれば
どこにいても自分のなかに入ることができる

そう考えながらふとテーブルが気になった
もしあいつがほんとにあいつなら自分たちがこうしていれば
必ず気づくはずだ
とはいえ そもそも気づくという次元の問題ではないし
先輩に聞くことなどできるはずもない
もっといえば間違いなく自分より先にここにいた先輩が
気づいてないはずがない
少し気が楽になった ありがちな人間違いというやつだろう
先輩とは近況や定年後の暮らし 自分の転勤など
昔と同じように話をした
やっと気分よく酔いもまわってきた 
口も最近になく軽やかだ 
そして今日ここにいたるまでの不思議な感覚について
先輩にそれとなく話をした
先輩は笑みを浮かべて聞いていた
「で お前はどう思う?」
「単に疲れててたまたまそう思っただけだと思うんだけど」
「ほほうたまたまか」
どうも何かを知っているかのような先輩の言葉に引っかかった
「そうでしょう もうあいつがいるなんてことまで思ってしまって
 どう考えてもおかしいですよ」
とうとうあいつのことまで言ってしまった
意識から消えていたテーブルの存在 どこかであいつと思ってしまっている自分
勘違いがまた頭をぐるぐる回り始めた

「その通りだよ」
「はっ?」
先輩のほうを向いていた姿勢から左に頭を回し 自分の左後方にあるテーブルが
横目の視界に入るまでそっと椅子ごと回転した

白い顔はまだある が こちらを見るでもなく誰かと話しを続けている
「うそだろう」 誰でも思うことだ
たとえ明日 他の会社の同期たちに話をしてもわかってくれるどころか
休暇をすすめられるだろう
「知ってたんですか?」先輩に向き直り 冷静を装い尋ねた
自分の今見たあいつかもしれないあいつはここで何してるんだ?
先輩はあいつが逝ってるのは知ってるはずだ
当時から先輩とはあまりあいつのことは話さなかった
情報通の先輩だから絶対にいろいろと耳に入れていたはずだ
自分がその話題に行かないようにしていたのかもしれない
たぶん先輩にはそうみえていたのだろう

「なんでいるんだろう?」 半分ひとりごとになっていた
先輩は少なくなった水割りのグラスを大きく傾け飲みほした
「何か探しに来てるんだそうだ でもあいつの目に俺たちは映っていない
俺たちが話しかけても俺たちのことはわからない」
他人になったということだろうか
よみがえるというのか いったん復帰なのか まだいってないのか
先輩の話しぶりに疑いは一切発生せず 自分はここで起きていることを
現実として受け入れるだけだった








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Posted by びらーだ at 17:26
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