2013年08月07日
道草 5
声というのは見えない時でも個を確定するのにとても有効だ
大抵 知ってる人でも 顔を見るより声を聞く回数や量は多いものだ
電話などはその最たるもの
声ですでに認知して 話をする
その声は絶大な安心感を与えてくれる
時には 会うよりも声の方が都合がよい
そして 思い出したその声だ
覚えているのだが 判定できない
声が聞けるというのはその人がもちろんそこにいるからであって
そこにいるということは もちろん生きているということだ
よく覚えている声
店には何人もの人がいる そこから際立って聞こえる声
そしてそれに対して何かを思い出す
急に心臓が波打つように揺れだした
ビールを飲んだからだとは思うが しかし
すこしちがう感情
その声は すでに旅立っていったあいつの声なのだ
かれこれ 3年ほど前のこと
突然 あいつからの一本の電話でそれを知った
あまりに急なことで返す言葉が見つからなかった
彼は重い病に襲われていた
本人も知らない間に それは急にあいつの中で巨大なものになっていた
ただ未来については勇気をもって立ち向かい
必ず勝つと言っていた
残り時間のことは一言も言わず もちろんそれを疑いもしなかった
あいつとは
よく戦友といわれる仲だった 同い年で同期入社
若かった わずかな訓練でそのまま荒野に立たされた
そこで生き残る
それが今いる会社だ
あいつは勇敢にたたかった 一方で自分は隠れに隠れて生き延びた
でも不思議と気が合った あいつの話を聞くたびに
自分のずるさが恥ずかしかった あいつは何もいわなかったが
そんなことはわかっていただろう
でも それはどこかに置いて一緒にきた
部署は違ったが あいつの評価はよく聞こえてきた
戦うとは勝って進んでいくこと
勝負に対峙しない自分には何も言えない
子供のころのかくれんぼだ
最後まで見つけられない 他のみんなが飽きて違う遊びを始めても
ひとりひとり夕暮れに追い立てられ帰っていっても
見つからずにずっと身をひそめる
最後には見つけられず忘れられる
それが自分だった
勝ちはしないけど 負けはない
自分からは出ていけない
でも
いつも見つけてほしかった
最初に負ければ それでも次は主役の鬼になれるのだ
それができなかった 見つかるのが恥ずかしかった
だから徹底して隠れた
社会に出ても結局はそれだ
誰にも見つけられないから そのまま働く
異動だって 誰かに褒められたり 祝福されるわけでもない
その場所からの単なる転出だ
こんな自分だから あいつは余計にでかく見えた
電話はそれきりだった
同じ会社にいるのにまったく接点をもたなかった
たまにふと思うだけだった
そしてしばらくしてあいつのことを聞いたときは
ひとときの時間をあいつのために空ける相談だった
心の奥に深い傷がある
誰かにつけられたものではない
自分でつけた傷だ
思いもしない気持ちが湧きあがって その気持が
さっと深く心の表面をえぐっていく
その刃先は深くまで食い込んだ
今も時折 その痛みに息が止まりそうになる
自分に腹が立ち情けなく思う
なぜあんな気持ちが湧いてきたのだろう
誰も知ることはない
自分だけの深い傷
最後の電話の時
勝負が浮かんだ そしてなぜか勝ったと思った
自分は勝った
しかし次の瞬間 思い切りそれを飲み込んだ
二度と考えまいと思った 自分のいやしさに身がすくむほどだった
その思いは時折 深い青の水の底から静かに浮かんでくる
自分の意思ではどうしようもない
思い切り押し付け沈めようとするだけだ
ほんの一瞬 ただ自分の正体のひとつには違いない
心のなかにできてしまった得体のしれないもの
あれ以来 ずっと抱えながら生きている
あいつがなぜここにいるのか
懐かしいと思ったのは単に聞き覚えのある声というだけか
自分のどす黒いものはあいつにばれてるわけがない
安心感というのはどこかであいつが勝ったと思い直せるからか
自分の心の塊はこれで消えていくとでも感じたのか
どこまでいっても結局は自分のことを考えている
ゆっくりと何気なさを装い振り返った
横顔が薄暗い店の灯りで白く見える
あいつは自分の知らない誰かと話をしている
どうしたらいいかわからない
声をかけるのか
なんて言えばいい
二杯目のビールも飲み干し
次の一杯を店員に軽く合図した
新しいビールは冷えていた
酔いのまわらない体に流し込んだ
タバコに火をつけた
その時
自分の名前を呼ぶ声がした
大抵 知ってる人でも 顔を見るより声を聞く回数や量は多いものだ
電話などはその最たるもの
声ですでに認知して 話をする
その声は絶大な安心感を与えてくれる
時には 会うよりも声の方が都合がよい
そして 思い出したその声だ
覚えているのだが 判定できない
声が聞けるというのはその人がもちろんそこにいるからであって
そこにいるということは もちろん生きているということだ
よく覚えている声
店には何人もの人がいる そこから際立って聞こえる声
そしてそれに対して何かを思い出す
急に心臓が波打つように揺れだした
ビールを飲んだからだとは思うが しかし
すこしちがう感情
その声は すでに旅立っていったあいつの声なのだ
かれこれ 3年ほど前のこと
突然 あいつからの一本の電話でそれを知った
あまりに急なことで返す言葉が見つからなかった
彼は重い病に襲われていた
本人も知らない間に それは急にあいつの中で巨大なものになっていた
ただ未来については勇気をもって立ち向かい
必ず勝つと言っていた
残り時間のことは一言も言わず もちろんそれを疑いもしなかった
あいつとは
よく戦友といわれる仲だった 同い年で同期入社
若かった わずかな訓練でそのまま荒野に立たされた
そこで生き残る
それが今いる会社だ
あいつは勇敢にたたかった 一方で自分は隠れに隠れて生き延びた
でも不思議と気が合った あいつの話を聞くたびに
自分のずるさが恥ずかしかった あいつは何もいわなかったが
そんなことはわかっていただろう
でも それはどこかに置いて一緒にきた
部署は違ったが あいつの評価はよく聞こえてきた
戦うとは勝って進んでいくこと
勝負に対峙しない自分には何も言えない
子供のころのかくれんぼだ
最後まで見つけられない 他のみんなが飽きて違う遊びを始めても
ひとりひとり夕暮れに追い立てられ帰っていっても
見つからずにずっと身をひそめる
最後には見つけられず忘れられる
それが自分だった
勝ちはしないけど 負けはない
自分からは出ていけない
でも
いつも見つけてほしかった
最初に負ければ それでも次は主役の鬼になれるのだ
それができなかった 見つかるのが恥ずかしかった
だから徹底して隠れた
社会に出ても結局はそれだ
誰にも見つけられないから そのまま働く
異動だって 誰かに褒められたり 祝福されるわけでもない
その場所からの単なる転出だ
こんな自分だから あいつは余計にでかく見えた
電話はそれきりだった
同じ会社にいるのにまったく接点をもたなかった
たまにふと思うだけだった
そしてしばらくしてあいつのことを聞いたときは
ひとときの時間をあいつのために空ける相談だった
心の奥に深い傷がある
誰かにつけられたものではない
自分でつけた傷だ
思いもしない気持ちが湧きあがって その気持が
さっと深く心の表面をえぐっていく
その刃先は深くまで食い込んだ
今も時折 その痛みに息が止まりそうになる
自分に腹が立ち情けなく思う
なぜあんな気持ちが湧いてきたのだろう
誰も知ることはない
自分だけの深い傷
最後の電話の時
勝負が浮かんだ そしてなぜか勝ったと思った
自分は勝った
しかし次の瞬間 思い切りそれを飲み込んだ
二度と考えまいと思った 自分のいやしさに身がすくむほどだった
その思いは時折 深い青の水の底から静かに浮かんでくる
自分の意思ではどうしようもない
思い切り押し付け沈めようとするだけだ
ほんの一瞬 ただ自分の正体のひとつには違いない
心のなかにできてしまった得体のしれないもの
あれ以来 ずっと抱えながら生きている
あいつがなぜここにいるのか
懐かしいと思ったのは単に聞き覚えのある声というだけか
自分のどす黒いものはあいつにばれてるわけがない
安心感というのはどこかであいつが勝ったと思い直せるからか
自分の心の塊はこれで消えていくとでも感じたのか
どこまでいっても結局は自分のことを考えている
ゆっくりと何気なさを装い振り返った
横顔が薄暗い店の灯りで白く見える
あいつは自分の知らない誰かと話をしている
どうしたらいいかわからない
声をかけるのか
なんて言えばいい
二杯目のビールも飲み干し
次の一杯を店員に軽く合図した
新しいビールは冷えていた
酔いのまわらない体に流し込んだ
タバコに火をつけた
その時
自分の名前を呼ぶ声がした
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