2014年11月21日
singer 1

梅雨の合間のゆらゆら揺れる太陽が
今日は一段とうっとうしく感じられる
店の前のあちこちでこぼこのアスファルトは
今朝までの雨の後が手相でも見てくれと言わんばかりに
うっすらと残っている
ランニングシャツの胸のあたりを鼻にもってくると
ゆうべの酒やタバコやあと何だかわからないけど
不思議な匂いがぼんやりとした頭に
いやな刺激を与えてくれた
窓からしばらく外を眺めていたが
ひとつ深く息をして 着替え始めた
歩いて十分ほどのところに俺の店はある
この年で俺と言ったらいいのかワタシと言えばよいのか
まさかボクはないだろう
自分のこの状況を語るのであれば
ワタシにしておいた方がいいのかもしれない
ワタシは小さなバーをやっている
こだわりはない
10年ほど前に成り行きでこうなってしまった
勤めていた会社を辞めて 一瞬夜の停電のような状態になった時
ふらっと立ち寄ったのが事の始まりだ
だからこの店だけでは食ってはいけない
仕事を辞めた理由もたわいもないプライドのおかげで
今となっては海底の堆積物のように
静かな後悔となっているのだ
時折それが舞い上がってきて
またブレーカーが飛んで一気に真っ暗になったような
気分に陥るのだ
その店にはもちろん経営者がいた
いい年のお姉さんだと思っていたら
それほどワタシと変わらなかった
そんな人が一人でやっていたバーなのだ
でも今はワタシ一人だ
少しの常連と少しの通りがかり
見えない埃をかぶってきた人もいる
憂さ晴らしか 大騒ぎする会社員もいる
毎度ここで寝てしまって
朝 勝手に帰っていく人もいる
儲かるわけがない
だからワタシは昼間もちょくちょく
仕事にでなければならない
こんなことならとっくにやめてしまえばいいのだが
それもできない
しばらく一緒にやっていたその経営者は
歌と言葉が好きだった
勿論その店でも歌う
酒とタバコでがらがらになった声
誰の歌なのかわからないが自分の言葉で
勝手に歌う
言葉から時折見せるインテリジェンス
路地の塀の隅っこに落ちていたビー玉を
ふと見つけてしまったように
彼女の歌と言葉は
ワタシの中に入ってくる
混沌とした感情に一瞬の清涼感を
くれるのだ
ただ突然この店からいなくなくなるまでの話しなのだが
どんよりとした雲の一点だけが
太陽の光源だとわかる
蒸し暑い
昼間の仕事は昨日今日は休みだ
店のドアを開けると 中にある酒が蒸発してしまうんじゃないかと
思うくらい熱がこもっていた
そして外の湿度よりさらにジメジメとした空気が
どろっと外に流れでてきた
珍しくこんな時間に来たのには訳がある
ゆうべ忘れていった
一枚のはがきをとりにきたのだ
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