2014年12月09日
僕の時間 9
静かにエスカレーターが動いている
そこそこ混みあったゲートは
楽しげな笑い声やどこからかのバンドの
バイオリンとギターの音で
賑やかだった
「やあ 久しぶり」
「ああ 」
がっちりと握手し抱擁した
彼の手は柔らかく暖かかったが
決して楽な人生を生きてきたそれではなかった
僕も似たようなものだ
世にいう成功とは縁遠い道だった
でも たった一度の経験のために
ここまでやってきたのだ
彼も同じだろう
僕が思うほど彼は僕の事を考えていただろうか
ま そんなことはどうでもいいのだが
彼は僕の家より先に今回の目的である
自分の住んでいた家を見たいという
僕はそれを断る理由なんて何もないから
エアポートからまっすぐ彼の家に向かった
何気ない会話がしばらく続いた
お互いの近況から徐々に深い昔の話しへ入っていく
長い時間が僕らにもたらしたものを
そんな中でも僕は考え続けていた
ただ
不思議なのはあの頃の調子のままということだ
ただ一つの話題を除いては
お互い拍子抜けしたほど自然だったのだ
「いや 驚いたよ あんなになっているなんて」
「よくわかったな?自分の家だってこと」
「ああ 確信したんだ 街の名前を聞いてな」
彼はテレビで見たのだ
或る夜 ニュースの中で僕の街が紹介され
その映像が彼の家だったのだ
この街はそれほど有名でもない
そしてテレビに写るほどの出来事なら
僕も知っていてもいいはずなのに
遠い地でのニュースはそんなものなんだろう
その日 彼は風邪気味で家にいた
いつもは見ないテレビを仕方なくつけていて
もう消そうかと リモコンに手を伸ばした時に
置いてあったコーヒーカップのコーヒーをこぼしてしまい
テレビのせいだと文句をいいながら片付けていたら
ニュースでその話題になったらしいのだ
「また不思議なできごとだな」僕はいたずらっぽく言った
「やっぱりだろ?」彼はウインクして微笑んだ
外は冬の景色だ
遠くの山は灰色にたたずんでいる
時折抜ける街は人通りは少ない
ただこの時間 家に帰る車は多い
スピードも速い
すでに陽は沈みかけている
遠くの空は鮮やかな深いオレンジ色に塗られ
青かった空も瞬きごとに藍を増していく
まだ何とか彼の顔も見ることができる
彼はおもむろに一枚の写真を取り出した
運転しながらもその写真を何度も見る
ルームランプを点け
前を見て写真を見て
そのどれも頭の中で整理しながら走る
それは彼が家の前で撮った写真だった
引っ越しの時に撮ったものだと彼は言った
彼がひとり立っている
そして
彼の後ろには
あの鉢植えの花の木が植えてある
あの出来事の一年後くらいなので
少し背が伸びている
「なつかしいな」
「ああ ずっと持ってたんだ」
彼はそういって前を見た
そしてそのまま沈黙が続いた
僕も彼も過去と今を行ったり来たりしているのだろう
少なくとも僕はそうだ
未来はまだ考えられない
明日にはまた今までと同じ暮らしが待っているのだと思う
でも一度きりの経験
流れる景色は彼にとってどんな風に写っていただろう
それなのに
僕は二人の空いた時間など少しも気にしなかった
これも奇妙な感情だった
彼もそうだったろうか
ただ
僕の不思議な気持ちはここから少しずつ変化していった
とめどなく理解のできない気持ちが揺れだした
彼に会えたことへの答えだと
僕は思っていたのだが
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。