2014年02月20日
Siberia
今だけ外に出せる記憶
完全なる再現ではない
弱気な脚色で
トイヒトブルノダ
・・・
突然に思い出した
小学校4年生
ある日の社会科の授業
僕らのクラスは教科書にはない授業を受けた
黒板の前にはとても大きな地図
畳二畳はありそうな大陸地図
スクリーンのようなその地図には右のほうに日本
中央から上にはソビエト連邦の文字が逆アーチを描いている
圧倒的な陸地の続くその絵柄
先生はシベリア抑留について語っていたのだ
初めての話題に 小学四年生の小僧は冒険小説を読むかのごとく
なにひとつ痛むことなく
聞いていたのであった
先生本人が体験したシベリアの思い出
涙を流さんばかりの授業
静かな教室
今 あの時の先生の年齢に近づいてやっと
その出来事を理解した
でも 先生が何を話してたのか覚えていないんです
唐突な近代日本の現実
生まれる少し前にあった終戦
北の果てでの生活
そこから祖国へ帰る道程
戻ったあとの暮らし
誰も苦労をねぎらうが
誰も尊敬していない
心の基礎に火が付いたような得体のしれない熱さ
日本だった場所が 日本じゃなくなって
知らないうちに時は流れて
また日本になった日
僕は何を答えることができるのか
体験することが歴史の真実を伝えることならば
もうすでに資格を失ったことが数えきれないほどあります
伝えるとか伝承継承とかいうけれど
どうすればいいのでしょう
今の世代や次の世代のみんなには
それも歴史という列車の貨物のひとつになっているのでしょう
真実はひとつと言いますが
僕の真実とあなたの真実とでは きっと何もかも違うのでしょう
花ひとつは愛のしるしにもなれば死者への鎮魂の証にもなるのです
そういったことを論破や主張の入り口にすることが
今の社会の有様なのかもしれません
ひとの話を聞くってこういうことなんでしょうか
僕は生まれる前の出来事に
生まれてから何十年も
そして深く考えてから何年も 思い悩んでいるのです
でもそれぞれの真実を追い求めたら
答えなんてやっぱりそれぞれになってしまう
結局は自分の持つ真実はひとつなんでしょうね
それがぶつかりうねりはじけて
大きな川に流れ出ていくのでしょう
昔
コンクリートの壁にボールをぶつけて遊んだ日々
瓦の向こうに届けと思い切り空に向かって投げた夕暮れ
落ちてくるボールを競ってとりあう色んな年の子供たち
日が落ちてどこかの大きな声に散らばり散らかるように家に帰る
僕ら
いつもの道に苦手な上級生
目を合わせないように逃げた田んぼのあぜ道を走った夏の日
川沿いを一列に歩く
兄のいる同級生は僕の前
それだけで悔しく思った初秋
切り株が整然と並ぶ田んぼ
ボールを蹴ってふたつみっつと田を超えていく
どこまでも続く僕らの競技場
ピッチとかフィールドとかって言葉知らなかった
突然大声を出したくなる衝動
そんなことできるところがない
結局は腐った理性が僕をリードしているんです
先生
もういちど シベリアの話をしてもらませんか
今度は一生懸命に聞きます
先生の話を聞きたいんです
かっこよくきれいに見えたけど
全部僕の責任
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。