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2013年11月30日

瞳


あのー いいですか
あ どうぞ

突然の訪問者に戸惑ったが
ま 来るように仕向けたのは自分なので
軽く右手で椅子を指差した

朝からどうも気分が悪く乗り気がしない
気持ちの悪さからせっかくの来客にも
不自然な笑顔を向けているのが
自分でもわかる

かれこれ二週間前
求人広告をだした
仕事の助手みたいなものなのだが
専門知識は必要なし年齢も性別も問わず
ただお願いしたことをこなしてくれればいいだけの
簡単なものだった

何人かと面接をした
結果はしばらくして伝えますと言っておいた
最初の面接者は広告を出してから三日目だった

次の日に断りの電話をいれた
とくに理由はない
ただ次に来るだろう人が もっといい人だろうと
思っただけだ

それがそもそもの間違いだった
経歴は文句なし いかにも仕事ができそうな人ばかりやってきた
二人目からは次の人などという期待は微塵も起きない
この人とうまく仕事ができるだろうかという
漠然とした不安が心の天井をどんよりと覆ったのであった

そんなことで今になっても採用できず
おかしな心配事で仕事はうまく回らず
求人したことに後悔すら感じるようになっていた

この二日は面接拒否状態
電話だけで会う前からやんわりと断る有様だった

結局 いまのままでやろうかな
弱気の虫というのは実在するのだと
ましてや自分の中に
今朝は
奇妙な確信が湧いたのだった

そこへ 突然やってきたこの人
世間の常識をうまくすり抜けてきたような
変則フットワークに
胃の痛む身には 余計に
めんどくさいものであった

だが 思わず席につかせてしまったのは
自分の気弱なやさしさなんだと
ここでも後悔するのであった

ちなみにやってきたのは
年老いた紳士
少しよれた明るい厚手のスーツに
ハンチング帽
先の丸い重そうな革靴
常に微笑んでいるような口元
まっすぐにこちらを見る茶色の瞳
柔らかな声
こんな感じ


長い間 仕事やってきたのなら
アポぐらいとってからやってくるのにな
と 人のことは言えない少ない常識感で
まずはマイナス採点をした

どうみてもこの人が社長で自分が従業員みたいだな
少し胸焼けがしていて苦々しい顔をしていたが
思わず目を細めてしまった


この人に使われてみようかな
などと広告主なのにどちらが面接にきたのか
わからなくなっていた

人を使うことばかり考えていた自分には
とても新鮮な感覚であった

この人に事業主として使ってもらおう
表現が難しいが 腹に落ちた

次の日から助けてもらうことにした

その夜
気持ちの悪さは相変わらずだったが
何とかなるだろうと
缶ビールを無造作にコップに注ぎ
がががと飲んだ
いつになく静かな夜だった
ぼんやりと思い出す
未来のことも過去のことも
楽なのは過去のほう
年齢とともに
徐々に減ってくる記憶

いくつかのことを順番に思いうかべる
その繰り返し

明日からまたいい過去ができるかも
昼間のあの人
いい人かも
それにしても
なんか懐かしい感じだな

気分の悪さはどこかへ消えていた





それから何年も
素晴らしい いい仕事をすることができた

思い出しやすい過去のほうに
またひとつ
いい香りのする風景が加わった

以前ほど胃の痛い日はなくなった






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