2013年07月27日
ていし

毎日 同じように見えるのだが
それでも大きくなっている
「あーめんどくさい」
浩二はよく言う
何をやるにしても そこから入っていく
だが最後にはついに誰よりも先にいる
口癖というやつはやっかいなものだ
浩二はそこで周りの視線から消えようとするのだ
見えないところで思い切り走る
放課後の小学校 そろばん塾からの帰り道
ブランコの争奪戦が熾烈を極めていた時期があった
歩道のない道を何人かで歩く
学校が近づいてくるとそれまで大声で話していた友達たちが
静かになってくる 息を整えていつスパートするかをはかっている
浩二も同じくその中にいる ただ決戦前のそのひと時もみんなに話しかけている
ゆるやかに右に曲がる道を過ぎると蓋のないどぶ川が姿を現す
その先に神社があり境内のつづきに小学校がある
その昔小学校の塀は椿の木が隙間なく植えてあった
季節は忘れたが花がさくとけっこうきれいだった
ただすこし過激な木でもあった 思わず触れてしまうと腫れたりかぶれたりするのだ
入学直後は相当の生徒がかぶれを体験していた
学習とは大したもので学年が進むほどにかぶれるやつはいなくなったのだった
神社の境内に差し掛かるころになると誰かが早歩きになる
他のみんなもスパートに遅れないようとそいつにぴったりとついていく
いつものパターンでは後続のひとりが突然全力で走り出すことでそのレースが始まるのだ
今日もそうだ
浩二はいつも我慢しきれず走り出す康弘の斜め後ろについた
康弘はダッシュ専門である しかし勝率は3割といったところだろうか
不意を衝くやつはあきらめが早いことを浩二をはじめ他のみんなはすでに気づいていた
ただ康弘は毎回ほぼ同じところからスパートするので みんなも康弘のダッシュを
予想して走り出すのだ だからこのところ康弘は勝率を落としているのである
浩二の今日の作戦は康弘が走り出すその後ろをついていくことだった
そして 前の日に密かに見つけてしまった近道を抜けてブランコを確保するというものだ
めんどくさがりにとっての光
近道 それは
長年 小学校の塀となっていた椿の木はあまりに繫りすぎたため先生が先日大幅に
切ったのだった 大変整って美しいその風景に自分の学校をあらためてちょっと好きになっていた
ただ浩二はきれいに整ったその塀の一部に一人分の隙間が空いていて
そこを通れば誰よりも先に校庭に入ることができる
これだ
その上その場所は道に面したところではなく 学校のとなりの神社との境目にできていた
浩二はその作戦を立てたとき とてつもない高揚感につつまれしかし大事に温めようと
だれにも言わずにきたのだ
そして本日決行
康弘の後ろはあまり有利な位置ではないのだが 変わらず大きな声で話しかけながら
その時を待っていた
しばらく黙っていた康弘がわーと笑い交じりの奇声を上げ走り出した
他のみんなも同じように大笑いしながら走り出した
康弘のリードは読まれていることもありほとんどない
浩二は康弘の後ろにつき さらに他のみんなともほぼ同じ位置をキープした
団子集団が大声を出しながら走っている 反対側を歩いていたおばあさんが
びっくりしてこちらを見ている
浩二は道端側をみんなと並走しながら余裕を感じていた
神社の鳥居が迫ってくる みんなはそのまままっすぐ走っていくだろう
校門はもっと先だ そこからブランコまでは校庭を横切らないといけない
秘密の神社ルートは校庭を斜めにカットして走っていける
必勝だ 浩二はまだそんな言葉を知らなかったが その後
受験生のする鉢巻き姿を本で見て きょうのことを思い出してしまったぐらい
痛快な出来事だったのだ
神社にさしかかる 浩二は突然 左に折れ みんなと違う方へ向かう
康弘や他のみんなはちらっと見ただけでどんどん走っていく
鳥居の横を抜け参道のわきにきれいに並べてある石を飛び越え
大きな銀杏の木が何本もある境内を椿の塀めがけて走る
康彦はきょうはあきらめたようで半分スピードを落としているのが横目にはいった
浩二は椿の隙間を走り幅跳びのようにしてすり抜けた
防火用水の横にでて そのまま校庭を横切る
保育園の子がお母さんと手をつないで歩いている 浩二たちが体育倉庫の裏に隠しておいた
ドッジボールで遊んでいる上級生たちもいる
そんなことは今はどうでもいい
知らないうちに声をひそめ 忍者の心持になっている
浩二は一番にブランコ台に到着した 三つのうちプール側のブランコが人気が高い
キーキー変な音もださず 腰かけるところも傾いてはいない
三つあると真ん中が金メダルっぽいのだが 浩二には関係ない
そのブランコにどおんと体を預け 体全体で息をした
そのすぐあとに康弘以外のみんながやってきて 三つのブランコは満席になった
その日はしばらくみんなの苦情と文句を聞くことになったがブランコはとてもスムーズで
一番上に振れたときには大きな空とプールの水面が手に届きそうになった
顔にあたる風が気持ちいい
みんなも笑顔でブランコを揺らしている
一番最初にブランコを降りたのは浩二だった
校庭をあるいてわたってきた康弘にブランコを代わった
翌日からは神社ルートが正規ルートになった
しかし一人ずつしか通り抜けないので そこの時点で勝負がほぼついてしまう
最終コーナーを過ぎた校庭でのデッドヒートはなくなってしまった
そうなると急に面白くなくなった
浩二も康弘も他のみんなも自然にブランコに乗らなくなっていった
学年もあがりクラス替えもあり
あのみんなが一緒に遊ぶことは少なくなっていった
あの椿の塀は しばらく後 先生が縄のひもをはりわたし
通れなくなった
でもブランコはある
下級生たちが遊んでいる
プール側のブランコはとても大きな音をたてて揺れている
ペンキも一番剥がれているようだ
人気は真ん中のブランコに移っている
浩二は椿の塀とブランコがずっと気になっていた
ただ康弘にもいえず 英雄伝説にものぼらず
みんなの心にあまり残っていないことがさびしかった
今 浩二がみんなと競い合っているのは
サッカーだ
ボールはひとつでいい パスをしなければはじまらない
誰かとできるのがおもしろい
しばらく気になっていたブランコのことは心のどこかにしまってある
「あーめんどくさい」
浩二はたまに思い出しては
椿の塀の隙間をさがすのだ
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