2013年07月25日
なつやすみ

昼を回って気温はさらに上がり 道路はゆらゆらと熱気が行き場をなくしていた
車が通るたび くるくると回り とてもうまく避けているようだ
日差しの強さに上を向くのをためらった
歩道を彼は歩いていた
確かめたいのはこのあたりにあるある店の場所だ
両側を高いビルがずっと覆っているこの道は地上階には店が並び
その上はオフィスやマンションになっている
通りの往来はけっこうあるので景気はまあまあなんだろう
彼はその風景に一安心した 今自分に関係ないところでも気を使ってしまう
おせっかいだ 余計なお世話でもある
彼は自分を比較の対象に置かずに物事を見ることができる 一種独特の性格
だからたいてい損をする 何においても利益を得ることがあまりない
彼の周りにいる人間たちが さっとつまんでいってしまう
やってられないなどと彼は思わない
先に行ってしまった人たちを見て すごいなと感心し賞賛する
なかなか自分にはできないなとそのひとたちの背中を尊敬の念をもって見送る
そして彼はまたいつものごとく透明な水のごとく純粋な心を持って仕事をするのだ
そんな彼は営業である すでに20年以上やっている
ベテランである 同期たちはすでに辞めたか管理職になっている
後輩にも追いつき追い越され始め 一般的な世間の見方で行けば
そのうちどこかへ転勤とか職転だ
何がおもしろいのだ やりがいはあるのか
彼にいちど聞いてみたいものだ
純粋とは言い方を変えれば 偏屈でもある頑固でもある
彼なりの哲学を持って生きているのだ
固い意思 きっと遠い先にユートピアを望み
一歩一歩進んでいく求道者なのだろう
社会の経済活動からすれば あまりうまいやり方ではないようだが
それもまた彼にはとんと気がつかない 道をすすむには必要のないものなのだ
彼の行きたいところは7階建ての4階
とある貿易会社の事務所だった
そこはいつぞやのバブルの時代に立ち上げた
社長や事務の人を含めて5人ほどの会社だ
主に南米と取引をしている わかるのはそれだけ
商品はよくわからない 彼にとっては何でもいいことだ
興味があったり話しの流れで聞けばいい
彼の目的は自社の自慢の商品を売り込めばいいのだ
彼はあまりセオリーを気にしない トークも自己流
ただ笑顔は絶やさない
ほんとうにベテランなのか
エレベーターは6階にいるようなので
すぐ横にある階段を上がる
空気の流れがあまりないので むっとした空気が漂っている
一日日も当たらないから 少しひやっとした空気も感じる
人の行き来がないということだ
4階のエレベーターホールにでた左に向かうと
すぐに廊下が続く ドアは四つ それぞれに何かの会社が入っている
人とすれ違うこともなく ここまで来た
静かなフロアだ
そのうちの右の奥 角部屋が 目指す貿易会社
薄く蛍光灯の光が漏れている
軽くノックしてドアを開けた
が 開かない
鍵がかかっている 蛍光灯はドアのところだけ点けてあった
彼は息をふーと吐いた
名刺を取り出し その裏に不在時の訪問を詫びあらためて来ることと
日時を書き込んだ
そのドアの横には郵便受けがあった
彼は鞄から封筒をとりだし パフレットとともに名刺をするっと落とし込んだ
封を折り曲げ 郵便受けにそっと入れた
誰もいないそのドアに軽く礼をしてまた階段で地上に降りた
約束はしていなかった それも仕方ない 約束なんてしてもらえない
要らないものに興味を持って買ってもらうには突撃しかない
ここは彼なりのセールススタイルだ
さて 次にいこうか 炎天下の歩道は相変わらずゆらゆらとしている
その数時間後 彼の会社に一本の電話がはいった
その貿易会社からだった たまたま電話に出たのは彼の同じ課の後輩
彼の名前を告げることなく商品への興味をその後輩に伝えた
後輩はただ今すぐと 会社を飛び出しそこへ向かった
その頃彼はまた違う会社に訪問していた 受付で相手にされず名刺とパンフを
カウンターに置き 深々と頭を下げその会社をでた
種をまく ひとつひとつ
空からばらまくことは考えない そして水をあげ 芽を出す努力をする
勤勉と努力と頑固と偏屈がつまった彼の頭には
それだけが見える仕事だった
陽が少し傾き風もそよかに吹いていた
だがまだ涼しい時間ではない
靴は減る 汗でシャツは張りをなくす
ハンカチは湿って顔の汗を吸ってはくれない
鞄を持つ指も痛い
ただ求道者のようにやるべきことをやるべきと信じひたすらにこなす
ただ彼はそこにはいない
目の前の仕事に向かう
彼の仕事は自分にも家族にも必要なものだ
夜になりふと一人のダイニングでビールを飲みながら考える
今度の連休はみんなでバーベキューでもしようかと
すり減ってきた靴をそろそろ替えなきゃと
シャツの襟にできた汗のシミはどうしようかと
明日の朝は鍵当番だから少し早くでなくちゃと
明日は今日より良くしたい
彼のささやかな野望だ
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